豆腐根性

はたらくくるま @tfkjay

母とちいちゃん

 年が明けてから寒さが増したように感じる。毎年こんなもんだったかもしれないが、先月はそこまで寒くなかったので、エグい寒波のおかげで冬らしくなってきた。成人式とセンター試験が話題になる1月。灘中学校の国語の入試問題で、パレスチナの子どもの詩が出題されたとSNSで知った。出勤前に歯を磨きながら問題文を読み、「あ、これはアカン」と思った時には涙がぽろぽろ。相当なプレッシャーを背負いながら入試問題を解いてる最中に、この詩を読んで平常心でいられたのかと受験生を心配する。でも、ここまで心を揺さぶられたのは私が大人だからかもしれない。ガザ地区で子ども達、そしてその親達が置かれた状況に思いを馳せる。灘中受験に挑むような家庭で教育を受けているとはいえ、12歳の男子が同じように想像を巡らせるのだろうか。

 小学校中学年の頃、宿題で『ちいちゃんのかげおくり』の音読をした。国語の授業でひとつの物語を2~3週間かけて取り上げており、その間は毎日音読の宿題が出ていた。その日初めて読む話だったので、教科書を指でなぞりながら一文ずつ読み上げる。読み終わって母を見ると、なんと泣いていた。泣くのは子どもだけだと思っていたのに、大人が、母が涙を流している。なぜ泣いているのかも分からない。ひどく動揺して何も言えずに固まっていると、ティッシュで目頭を押さえながら「なんで平気なん?まだ分からんかぁ〜」と尋ねられて余計に混乱した。「本読みカードにハンコは押してあげるから、もうお母さんの前では読まないで。」と頼まれた。理由を聞くと困らせるような気がして、よく分からないまま「分かった。」とだけ答えた。なんとなく、この出来事を誰かに話すのは母に悪い気がして、父にも友達にもこの話はしなかった。『ちいちゃんのかげおくり』を母の前で音読したのはその1回だけだ。あの時の母の気持ちが、今の私にはよく分かる。

健やかに2026

 今日は今年最後の燃えるゴミの日。裸足で靴を履き、収集車の夕焼けこやけのメロディーが近づいてくる前に、大掃除の成果をゴミ捨て場に持っていった。一昨年に一年の振り返りを行なって以来のブログ更新だ。書くことを誰に課されたワケでもないが、長らくサボっていたことを反省する。

 この空白の二年の間に、人生の転機が二つあった。転勤と結婚だ。営業部に異動になり、一人暮らしを始めた賃貸を一年足らずで引き払うことになる。通勤手段がクロスバイクから電車に、戦闘服が作業服からスーツに変わった。そして、マッチングアプリで知り合った人間と、私の転勤を機に夫婦となった。数年付き合った元交際相手と別れた後は、パートナーがいなくても一人で楽しく生活していきたいという思いで取り組んでいたので、わずか一年で結婚することになるのは想定外だった。肩の力を抜いた方が、案外うまくいくのかもしれない。相手が同じ方向を向いていれば、物事はスムーズに運ぶものだとも学んだ。夫の意向で結婚式も挙げて、愛する友人達に祝福してもらい嬉しかった。人生で一番高い買い物ではあったが、やって良かったと思う。

 私にとっての結婚とは、パートナーと一緒に暮らすことであった。名字を変えることによる諸々の手続きが面倒くさく、それを相手に強いることも望んでいなかったので、一緒に暮らせるのであれば事実婚で十分と考えていた。しかし、弊社宅の入居規定では法律婚が前提であったので、名字を変える煩わしさと経済的メリットを天秤にかけ、婚姻届を出した。私が珍名字好きであること、また夫の方が珍名字レベルが遥かに高いことから夫側に合わせる形で合意した。もし相手の名字が世にありふれた鈴木・佐藤であれば一悶着あったかもしれない。少なくとも自民党が第一党である限り、選択的夫婦別姓は実現しないようだ。まことクソである。

 営業部に異動したことで会食の機会が増え、体のラインがもちゃつき出したため、マシンピラティスに通い始めた。新入社員の頃にホットヨガに一年ほど通っていたので、数年ぶりの運動だ。以前と違うのは、インストラクターの先生の大半が年下であること。キツいトレーニングも丁寧に取り組んでいると、教室内を巡回する若い先生に姿勢を褒めてもらえて、より頑張ろうと素直に思える。もうすぐ一年になるが、内腿が引き締まり効果実感を得られている。レッスンの翌日に筋肉痛が来ないと頑張った気がしない。自分の体の動きに集中することの気持ちよさを思い出した。

 早いもので残り二日で今年も終わりだ。最近定年退職した父が、元気に幅広い趣味に取り組みセカンドライフを楽しんでいる様子を見ていると、私もああなりたいと憧れる。足腰が元気で、何でも食べられることが自分の行動範囲を広げることにつながる。健やかな精神を強靭な肉体に宿した人間が一番強い。既に私は大好きなアヒージョにびしゃびしゃに浸したバケットがしんどくなっている。来年も心身ともに健やかに一年を過ごしたい。

かかってこい2023

 あっという間に大晦日。毎年「つまらない生活を捨てろ」を掲げて生きてきたが、2022年はその言葉に行動が伴った実感がある。

 先月からひとり暮らしを始めた。大学時代ぶりである。実家を出るのは同棲・結婚もしくは転勤のタイミングだと思っていたが、いずれでもない。職場からの距離もたいして変わらない、実家から徒歩圏内の1Kを借りた。恋人とのふたり暮らしにずっと憧れていたが、実現不可能だと分かったことがきっかけだ。答えが出た以上断念するしかないのに、憧れを捨てきれずぐるぐる考えてしまう。次第に、実家を出たい気持ちが、ふたり暮らしへの憧れに変換されている部分もあるのではないかと思い始めた。己の欲望の解像度が低い。どっちが本当の気持ちなのか。分からなかったから、自分ひとりで実行できるひとり暮らしをやってみることにした。外的要因に迫られないと行動を起こせない性格だが、決意してからはエイヤ!の勢いでなんとかなった。部屋探しのタイミングで運良く希望のマンションに空きが出て、費用も会社で負担してもらえることになった。すべてが上手くいった。これは天の御導きか……。誰に言われたわけでもないのに、結婚か転勤でないと実家を出られないと勝手に決めつけていた。全然そんなことなかった。自分の思い込みで自分の欲望を押さえつけていた。

 たのしい生活を手に入れた。久しぶりのひとり暮らしを満喫している。学生時代と違って安定した収入があるので、毎晩お風呂にお湯をはれるし、特売じゃない肉も買える。自炊を再開してから、素敵な食器を集めたくなった。はじめての気持ちだ。ドラマ『作りたい女 食べたい女』を観た影響もある。作品内に出てくるおいしそうな料理が、素敵な食器に盛られてきらきらしていた。凝った料理でなくとも、調理中は料理のことで頭がいっぱいになって余計な考え事をしなくて済むのが料理の好きなところ。昔は洗い物を減らすために保存容器から直に食べていたが、今はきちんと食器に移し替えて食べている。その食器がかわいいと、食事がもっとうきうきするに違いない。

 

 自分の欲望をなめてかからず、いつも丁寧に向き合うことを怠らない。自分のことを雑に扱っていては、他人のことを大事にできない。エーリッヒ・フロム『愛するということ』を読んでから、人のことを愛したくて愛したくて仕方ない。ちゃんと相手のことを愛せているのか。そこに愛はあるんか。2023年も全力でやらさせてもらいます。

 

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新生活を機にヒヤシンス(右)とチューリップ(左)の水耕栽培を始めました。名前はまだ無い。すくすく育ってくれよな。

あのあたり このあたり

 野村萬斎×杉本博司 狂言公演「あのあたり このあたり」を観た。野村萬斎の古参ファンである母を喜ばせたくてチケットを取った。会場近くでランチを食べながら、M-1グランプリ大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の話をする。先月から大学時代ぶりのひとり暮らしを始めたので、母とゆっくり話すのは久々だった。たった1ヶ月会わなかっただけで一緒に暮らしていた時の距離感が掴めず、最寄駅まで歩く間は会話のペースを探りながら話した。母も同じように感じていたかは分からない。

 

 チケットを取ったものの、狂言に関する知識がゼロに等しい。開演してまず最初に狂言の説明と今日の演目「川上」「茸」の解説があったので、狂言と能の違いもよく分かっていない私にとってはありがたかった。解説トークの中で「おのう」という単語が出てきた。しばらく文字に変換できず言葉を理解できなかったが、文脈から察するに、能に接頭語をつけた「お能」だと分かって笑ってしまった。丁寧な言葉は面白い。肉眼で演者の細かい表情を捉えるのは難しい座席だったので、数年前、Kis-My-Ft2の公演のために買った双眼鏡を持ってくればよかった。でも狂言の鑑賞スタイルとして双眼鏡はアリなのか?ちょっと無粋な気もする。

 「茸」は、幼い頃にウッチャンナンチャンがバラエティー番組の企画で挑戦していたのを観た記憶がうっすら残っていた。舞台上を何人もの茸がちょろちょろ動き回る様子は、とてもおかしくて面白い。幼い時の私の受け止め方は「キノコの格好をした大人がわらわら動いててウケる」くらいのものだった。しかし、あれから随分成長した今、実際に見ると、動きのおかしさだけじゃなくて、そのおかしさを表現するための体の動きの凄さにまで想像が及ぶようになった。どれだけ練習すれば、歩くのに必要な最低限の部位以外は全くブレずに動き回れるのか。めちゃくちゃプロじゃん!すげぇ〜!とアホみたいに感心した。生で観なきゃ分からない、感じ取れないことって必ずある。ワケ分かんなくても、一回は自分の目で直に見る方がいいよなぁと改めて思った。お能もいつか観に行きたい。

 

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ドリンクチケット上限金額ギリギリを攻めるためのどデカベンティー。半日かけて飲んだ。

全身びちゃびちゃ

 今日はお休みだった。運動不足解消もかねて、昼食をとってから公民館まで3駅分歩いた。午後から雨予報が出ていたが、たいしたことないだろうと家を出る。しかし、歩き始めて5分ほどでぱらぱら降り始めて、あっという間にしっかりした雨粒になり、目的地へ到着する頃には雷が鳴るほどの大雨になった。靴下までびちゃびちゃ。一歩踏み出すごとに不快感。まあそういうこともある。

 ちょっと肌寒い日は、お風呂が気持ちいい。今朝、化粧水のボトルが空っぽになったので、バスタオルを体に巻いたまま急いで詰め替え用のパックを取り出す。無精をして、ボトルの口に詰め替えパックを逆さまに突っ込んで自立させ、あとは重力にまかせた。すると、あと少しで完了というタイミングで化粧水がボトルから溢れ出て、床にボタボタこぼれおちた。エリクシールの、決して安くはない化粧水が、床に。「んなああああん!!!!」と情けない声が出た。よく見ると、表面張力でもりあがったボトルの水面に乳液が浮いている。わたしは間違えて、乳液のボトルに化粧水の詰め替えパックをセットしていた。風呂上がり、裸眼、完全に確認不足。幸い、乳液のボトルも残りわずかの状態だったので、損失は抑えられた。床にぶちまけた分は雑巾でふき取ったが、洗面台上にこぼれた化粧水は手で丁寧にすくい取り、ボディにすりこんだ。エリクシールを全身にびちゃびちゃ塗りたくるとは、なんて贅沢なんだ。わたしが望んだものではなかったけれど。十分に保湿されたもちもちの腕で今、文章を打っている。

セーラームーンで例えろバカ

     テレビ朝日アメトーーク』の中学時代イケてない芸人~シーズンⅡ~を見る。シーズンⅡというからてっきり若い世代で構成されてると思っていたら、大半が初代のサバンナ・高橋と変わらない中堅芸人で、若手と言えるのは滝音・秋定さんくらいだった。それぞれのエピソードトークはおもしろかったが、新たな世代交代を楽しみにしていたので、やや期待はずれだった。

    世代によって、通ってきた流行りの作品や文化の違いは当然生まれる。『アメトーーク』を見ていると演者の多くが30~40代。演者とは世代も性別も異なるので、彼らが繰り出す漫画例えツッコミをあまり楽しめていない。職場の30,40代も、『ドラゴンボール』を読んでいる前提で例えツッコミをカマしてくる。その面白さを100%理解できないわたしは、曖昧に笑いながらも首を傾げてみせている。一応、こうして「そのネタ分からないです」とサインは送っている。しかし、同じような場面に何度も出くわすと、相手の笑わせたい対象に自分は入っていない寂しさを、精神状態が悪い時はちょっぴり怒りを覚える。

 

    ラランドのサーヤさんが『刃牙』で例えてきたニシダに「『セーラームーン』で例えろバカ」と怒っていて、いいねを100回押したくなった。(ただ、『セーラームーン』を履修していないので、男性にとっての『刃牙』『ドラゴンボール』あたりに相当する作品として妥当なのかはよく分からない)わたしは思春期の頃に少年漫画を読んでいたので、刺さる作品の差は世代のズレだけだ。しかし、そもそも少年漫画を読む経験がなければ、(男性比率が高い)芸人が繰り出す(少年・青年)漫画例えツッコミのほとんどが理解できないと思う。そう考えると、やっぱり腹立っちゃうな。

    漫画例えツッコミの面白さを理解できる側に立てた時の気持ちよさはよく分かる。同世代である佐伯ポインティのYouTubeチャンネル『佐伯ポインティのwaidanTV』の動画内で度々出てくるジャンプ作品を踏まえたツッコミは、毎度刺さって笑ってしまう。ツッコミそのものの面白さと、「そのネタ分かるで!!!」という優越感のようなもの。これからは全員、BLEACHとHUNTER × HUNTERとテニスの王子様で例えてくれ。

因縁の青チャート

    朝夜は涼しくなり、セミはいなくなり、代わりにトンボが飛びはじめた。今月28歳になった。年々、季節の移ろいに敏感になっている。ついタンクトップのまま寝てしまい、夜中に体の冷えで目が覚める。急いで毛布をたぐり寄せてくるまるが、冷感ひんやり毛布なのであたたかくない。季節の変わり目はこうやって風邪を引く。

    この頃、休日は公民館の学習スペースで勉強をしている。利用者の大半は高校生と思われる。わたしも大学受験期に1回だけ利用したことがある。受験生にまじって、電卓をパチパチたたく28歳。前の席に座る少年のカバンから、数研出版のチャート式がのぞいていた。

    チャート式は高校数学の参考書で、難易度別で色が分かれている(赤>青>黄>白)。高校時代、数学で挫折するきっかけになった青チャート。公立進学校(笑)であったために、不幸にも自分のレベルに合っていない青を手にしてしまった。

    中学校では特に苦労しなかったのに、高校数学で最初からつまずき、数Ⅱ・Bで完全に挫折した。宿題で青チャートが出される。一生懸命解こうとするものの、序盤でつまずく。答えと解説を見ても理解できない。かといって、答えを丸写しで提出しても意味が無いし、先生にもすぐバレる。解けない。解けないからやりたくない。でも宿題はやらなければならない……。そこで真面目なわたしは、真面目さゆえに学校を休んだ。宿題をしなくていい合法的な理由を手に入れた。アホだ。「適当に手を抜いてうまくやれよ」と当時のわたしに言ってやりたい。おかげで出席日数が足りなくなり、期末に補習を受けてなんとか進級した。三者面談のために、何度か親に学校まで来てもらった。前後の文脈ははっきり覚えていないが、化学の先生から「お前がいなくても世界は回り続ける」と言われて安心した記憶がある。言葉だけをみると酷い言い方に聞こえなくもないが、当時のわたしは「気負わず気楽にやればいい」というメッセージだと受け取った。その帰りの車の中で、父と一緒に東日本大震災発生の速報と津波の映像を見た。

    クラスが文系理系に分かれる2年生への進級と同時に、数学を捨てる決心をした。つまり、国公立大学は選択肢から消えた。2年生で私立文系一本に絞る生徒は少数で劣等感もあったが、残りの2年間は気楽に過ごせた。大学もわりと楽しい4年間を過ごせたので、よかったと思う。

    お腹がすいたので公民館を出た。駐輪場に並ぶ自転車の中に、母校の駐輪ステッカーを見つける。「勉強頑張れよ~」と心の中でゆるいエールを送った。喫茶店ブレンドコーヒーとガトーショコラを注文。フォークに刺した最後のひとくちで、お皿に残った生クリームを微塵も残さぬようさらえる。カレーやシチューでも同じことをしている。

    そこは1年ほど通ってる喫茶店だが、初めて店主さんに話しかけてみた。最近、ひとりでバーに行くようになり、お店の人と話す楽しさを知った。そういう場所を少しずつ増やしていきたい。

 

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