豆腐根性

はたらくくるま @tfkjay

期待の大型新人

 クローゼットにジェラートピケのパジャマが眠っている。

 値札がついたまま、小さくたたまれてそこにいる。なるべく目に入らない、衣装ケースの奥の方にいる。一度も袖を通していない。

 

 ピンク色のてろてろした生地に、ハートが散りばめられている。川上未映子さんの「おめかしの引力」に触発されて、一年前に買ったものだ。おめかしに他人からの評価は要らない。小心者にとって、自分がいいと思うものを自分だけで肯定する練習には、他人の目に触れることのないパジャマがちょうどよい。

 夏場はライブTシャツに半パン、冬場は上下ユニクロで何年も過ごしてきたところに、大型新人・ジェラピケが乗り込んできた。長年、何も考えずに洗濯機に入れても問題ないメンツばかりだったが、今回はサテンだ。洗濯機で洗ってはいけない、日向で乾かしてはいけない、色移りに気をつけろ、と、関白宣言ばりに注文が多い。ひとり暮らしなら自己責任で引き受けられるが、恥ずかしながら実家暮らしのアリエッティなので負担を負うのは親になる。

 

 せっかく買ったのに、クローゼットに眠らせたまま一年が経った。なんとなく、視界に入れるのも嫌になって、衣装ケースの奥に追いやっている。もう少し暖かくなったら着ようと思って買ったのに、二度目の春を迎えた。

 パジャマは他人の目に触れることがない、と書いたが、同居している家族の目には触れる。家族だって、自分以外の人間で、それは他人だ。結局、他人からの目を気にして、袖を通せずにいた。大げさに言うと、今まで適当なパジャマしか着てこなかった人間が、急にちゃんとしたパジャマ、しかもジェラピケを着ることで色気づいたと思われることへの抵抗だ。

 

 すでに、おんなじことを下着でもやっていた。ブラとショーツのセットを選ぶとき、ショーツのおしりの部分がレースだったり透ける生地だったりすると、買ってもショーツだけ下さずにクローゼットにしまってある。洗濯する時に、それを手に取る親を想像すると、キツくなってしまう。こんなレースのパンツ誰に見せるねん、と思うだろうし、下手したら直接言ってくる可能性がある。これは根拠のない想像ではない。実際に、弟へそういう類の言葉を投げつけているのを何度も見聞きしてきた。信頼と実績だ。親にとっては、互いの好みの違いゆえに生まれる単なる疑問なのかもしれない。しかし、プライベートゾーンに踏み込まれるような不快さがある。こうやって、実際に言われてもないことを言われたときのダメージを想像してしんどくなるなんて、まったくもってあほだ。

 

 思えば、昔からずっと、性の匂いを家族に感じ取られたくない気持ちがあった。色気づいた自分を親に見られたくない。親の前では、ずっと“子ども”でいないといけない。そうしなくては、親が傷つくとまで思う。今の恋人と交際して数年になるが、いまだにはっきりと存在を伝えたこともない。親も特に訊ねてこないので、まともに話したことがない。気を遣ってそうしているのか、関心がないのかは分からない。いずれ話すことになると思うが、何度シミュレーションしても、どこか居心地の悪さがある。あけすけに言うと、恋人の存在を明言することは、「あなた方の娘は他所の家の男とセックスしていますよ」宣言に等しいと思っている。びっくりした。なんて露骨で下品な表現なんだ、恥ずかしい……。こういう拗らせをひとつひとつ解きほぐしていこうな自分……。

 

 これを書いている途中で、クローゼットに閉じ込めたジェラピケを久々に引っ張り出した。今日は四月一日。もこもこパジャマで眠ると、ちょっと暑い日もある。春って、いつもいつの間にか来て、あっという間に去っていく。ゴールデンウイークが終わる頃には、ジェラピケを着るのにちょうどいい気温になっているだろうか。いつまでも飼い殺しにしていては、かわいそうだろ。今年こそは、袖を通したい。